最終更新: kalifornien_deu 2021年08月07日(土) 19:14:49履歴
作者・不明
昔々あるところに、真面目な働き者ではあるがとことんツキがなく、貧乏暮らしを余儀なくしている冴えない男がいた。名前は、ええと…そう、クリオとでもしておこう。
ある日のこと、クリオが家で昼寝をしていると一匹のトンボが部屋の中を飛び回っている。
「うるさい、きえろ!!!」
クリオは家中の窓を開け、棒を手に取ってトンボを追いかけ回したが一向に捕まらない。それどころか、どこからか飛んできたメスのトンボまで部屋に入ってきて、ついにはクリオの目の前で交尾まで始めた。クリオはもう40歳になろうとしていたが、未だにいい人が現れず、女の一人も知らず、一人で孤独に暮らしていた。
(トンボですらつがいがいるのに、俺はまだ…)
カンカンになったクリオはトンボを手で掴んで窓から放り投げようとしたが、トンボはその度に少し逃げては、また交尾を再開する。ついに堪忍袋の尾が切れたクリオ。物置から虫取り網を持ってくるとトンボ二匹を捕まえ、弁当のパックの中に閉じ込めてしまった。
すっかり目が覚めてしまったクリオはすることもたく、スウェット姿で街に繰り出した。手には交尾中のトンボが入った弁当パックを持って。
「そこのお若いの!」
「ん?」
クリオは呼び止められて、立ち止まった。見ればそれなりの格好をした若い紳士である。
「すみませんが、そちらのトンボを2万マルク(約16万円)で売っていただけませんか?実は私、こういう者でして…」
差し出された名刺を受け取ると、国立大学の生物博士であった。聞けば、昆虫が専門なのだという。
「お見受けしたところ、あなたのその手にあるトンボは『トウノ』という、国内でも非常に珍しい種だ。私は研究していまして、よかったら売っていただきたい」
「はぁ…」
特に断る理由もないクリオは、昼寝を妨害されたことと嫉妬から腹を立てて捕まえたトンボ二匹を大金で売ったのだった。ラッキー、と喜んだクリオは、その足で夕食がてら高級ステーキハウスに向かった。なんとも短絡的な男である。
ともあれ、トンボ二匹が2万マルクになったのだった。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」
ステーキハウスに来たクリオ。彼の給料では到底ありつけるはずもない最上級のストリップリブ・1ポンドステーキを注文した。
しばらくするとジュウジュウという小気味のいい肉汁が滲み出る音を立てながら、ミディアムのステーキが出てくる。サワークリームが乗ったじゃがいもに、ビーフテールスープ、シーザーサラダに食後はアイスクリームまである。彼は幸福であった。しかしそれも束の間、一発の銃声と共に大きな怒声が鳴り響いた。
「全員動くな‼︎店のモンは金を出せ!早くしろ‼︎」
そして再び鳴り響く銃声。周りの客もすっかり怯えきっている。突然やってきた強盗は、運悪くクリオの隣に立った。彼は自分は下手したら今夜死ぬかもしれない、そうだせめて死ぬ前にこの肉をできるだけ食べておきたい、と考えるとせっせとステーキを切っては口に運び始めた。それを横目で見た強盗は怒鳴った。
「てめえ!聞こえなかったのか‼︎今すぐナイフとフォークを置いて、手をあげて待ってろ‼︎脳天ぶち抜くぞ!」
「ひ、ひいぃ〜!」
もはやこれまで、と観念したクリオはすぐさま強盗の指示に従った。しかしすっかり怯えていたクリオは、緊張のあまりナイフとフォークを手にしたまま両手を上げようとしたものだから、手からナイフが勢いよく飛び出すと、なんとそのナイフとフォークは強盗犯の両目に突き刺さってしまった!
「目がぁ、目がああぁ〜!」
強盗はうずくまってしまう。その隙に周囲の者たちが銃を奪い、男を縛り上げた。すぐに警察が来て両目をやられた男は連行されていった。
「ありがとうございます、あなたは当店の恩人です」
店のオーナーから直々に礼を言われるクリオ。
「お礼になるかはわかりませんが、これを受け取っていただけませんか」
オーナーはそう言うと、クリオに1年間店内での食事が無料になるゴールドインビテーションカードを渡した。
2万マルクを握りしめて入った高級ステーキハウスで、ゴールドインビテーションカードを手に入れたのだった。
軽い足取りで帰宅するクリオ。豪勢な夕食で満腹になり、さらには1年間無料でステーキが食べ放題のチケットを手に入れた彼はさながら向かうところ敵無しの様子であった。
裏路地を通って、いつものように帰宅する…はずだった。
ところが。
「た、助けてくれえぇぇえ!」
見ると、恰幅の良い初老の男が窃盗団に襲われていたのだった。クリオは果敢に飛び出すと、なんと窃盗団のメンバーは皆年端もいかない少年たちであった。クリオは必死に説得を試みる。
「君たち、つまらないことはやめないか」
「んだデブ。てめえも殴られてえのか?」
「ま、待て、ほらこれをやろう」
そう言って、クリオは先ほど手に入れたばかりのゴールドカードを見せた。
「このチケットがあれば、1年間タダで飲み食いできる。之之のステーキの店だ、ほらこれで勘弁してくれないか」
「……」
少年たちはすこし考えている様子だった。その隙にクリオは襲われていた男性に声をかける。
(大丈夫ですか、さあ今のうちに逃げて)
(し、しかし…)
そうこうしているうちに気づくと少年たちは消えていた。警察に捕まるリスクと天秤にかけて、ステーキ食べ放題券を取ったのだろう。
「あなたのおかげで助かりました、どうもありがとう」
丁寧にお礼を言う老紳士。
「お礼がしたいから、いつでもいい、今度訪ねてきてくれませんか。私はこういうものです」
そう言って名刺のカードを差し出すと、紳士は元気よく去っていった。みると、あのダイヤモンド自動車の会長であった‼︎
クリオは、知らず知らずのうちに世界的な自動車メーカーの指導者を救ったのだった。
後日、名刺にある住所を尋ねて行くとクリオは丁重にもてなされたのだった。夕食をご馳走になった後、老紳士は彼を車に乗せ、別の場所に移動した。
「私は貴方に恩義がある。私にできることといえば、車だ。車をあなたに差し上げたい、よかったらこいつを受け取ってはいただけないか?」
みると、真っ赤な高級スポーツカーが美しく整えられていた。
「こいつを、俺に…?」
ただただ驚くクリオ。彼の雀の涙ほどの給料では一生飲まず食わずで貯金しても決して買えない車だった…!
こうして、高級ステーキ店の招待カードがついに高級車になったのである。
次の日、スポーツカーで通勤すると職場の皆が彼を羨ましがった。しかしながらクリオは相変わらず冴えない男で、パッとしない変わらない毎日を過ごしていた。
そんなある日のこと。
彼の同僚の1人、ターニャはその日朝から調子が悪そうだった。心配はするものの、女の子になんと声をかけていいか分からないクリオはただ遠巻きに様子を見守るだけだった。
それでも夕方頃、ついにターニャは倒れてしまった。
社内はパニックになる。
「誰か救急車を」
「だめだ、こんな田舎じゃ来るのに1時間はかかる」
車を持っていたのはクリオただ1人だった。
ついに彼は勇気を起こして彼女を抱き抱え、クルマの後部座席に乗せると、病院まで運ぶのだった。
翌日心配になったクリオはターニャのいる病院まで見舞いに行くのだった。
すると、両親が来ておりお礼を言われるクリオ。
「君にはなんとお礼をしていいか」
「あなたは立派な人ね、娘の命の恩人よ!」
クリオはただ恥ずかしがってお辞儀をするばかりだった。
ターニャは風邪をこじらせて肺炎になっていたが、医者によると1週間もしたら良くなるだろうとのことだった。クリオは心の底から安心したのだった。
彼女の退院の日、彼はもう一度ターニャのところへ行った。
「クリオさん、あなたが助けてくれたのね…ありがとう」
「あなた少し変わったわね。前はパッとしない男だったのに、なんだかかっこよくなっちゃったじゃない♪」
赤面するクリオ。
2人が付き合うまでに、そう時間はかからなかった。
「そうかそうか、君が娘を…! だが君になら安心して任せられそうだ!」
「クリオさん、娘をどうかよろしくね」
両親にも認められ、2人はめでたく結婚することとなった。
美人とゴールインした彼を会社の全男が羨望の眼差しで見るのであった。
こうして彼は、高級車に加え、美人の妻まで手に入れたのだった。
そして、2人は幸せにいつまでもくr
…
「…ろ」
ん?
「おいクリオ、起きろ!」
…なんだ?
「ったくお前はいつまで寝てるんだ、とっくに昼休みは終わってんだよ!早く作業に戻れ!」
「あ、親方‼︎ すぐに作業に戻ります‼︎」
俺の名前はクリオ。冴えない独身の労働者だ。
今日もいつもと変わらない一日になりそうだ。
あーあ、どっかに面白いことでも転がってないかなぁ。
(終)
昔々あるところに、真面目な働き者ではあるがとことんツキがなく、貧乏暮らしを余儀なくしている冴えない男がいた。名前は、ええと…そう、クリオとでもしておこう。
ある日のこと、クリオが家で昼寝をしていると一匹のトンボが部屋の中を飛び回っている。
「うるさい、きえろ!!!」
クリオは家中の窓を開け、棒を手に取ってトンボを追いかけ回したが一向に捕まらない。それどころか、どこからか飛んできたメスのトンボまで部屋に入ってきて、ついにはクリオの目の前で交尾まで始めた。クリオはもう40歳になろうとしていたが、未だにいい人が現れず、女の一人も知らず、一人で孤独に暮らしていた。
(トンボですらつがいがいるのに、俺はまだ…)
カンカンになったクリオはトンボを手で掴んで窓から放り投げようとしたが、トンボはその度に少し逃げては、また交尾を再開する。ついに堪忍袋の尾が切れたクリオ。物置から虫取り網を持ってくるとトンボ二匹を捕まえ、弁当のパックの中に閉じ込めてしまった。
すっかり目が覚めてしまったクリオはすることもたく、スウェット姿で街に繰り出した。手には交尾中のトンボが入った弁当パックを持って。
「そこのお若いの!」
「ん?」
クリオは呼び止められて、立ち止まった。見ればそれなりの格好をした若い紳士である。
「すみませんが、そちらのトンボを2万マルク(約16万円)で売っていただけませんか?実は私、こういう者でして…」
差し出された名刺を受け取ると、国立大学の生物博士であった。聞けば、昆虫が専門なのだという。
「お見受けしたところ、あなたのその手にあるトンボは『トウノ』という、国内でも非常に珍しい種だ。私は研究していまして、よかったら売っていただきたい」
「はぁ…」
特に断る理由もないクリオは、昼寝を妨害されたことと嫉妬から腹を立てて捕まえたトンボ二匹を大金で売ったのだった。ラッキー、と喜んだクリオは、その足で夕食がてら高級ステーキハウスに向かった。なんとも短絡的な男である。
ともあれ、トンボ二匹が2万マルクになったのだった。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」
ステーキハウスに来たクリオ。彼の給料では到底ありつけるはずもない最上級のストリップリブ・1ポンドステーキを注文した。
しばらくするとジュウジュウという小気味のいい肉汁が滲み出る音を立てながら、ミディアムのステーキが出てくる。サワークリームが乗ったじゃがいもに、ビーフテールスープ、シーザーサラダに食後はアイスクリームまである。彼は幸福であった。しかしそれも束の間、一発の銃声と共に大きな怒声が鳴り響いた。
「全員動くな‼︎店のモンは金を出せ!早くしろ‼︎」
そして再び鳴り響く銃声。周りの客もすっかり怯えきっている。突然やってきた強盗は、運悪くクリオの隣に立った。彼は自分は下手したら今夜死ぬかもしれない、そうだせめて死ぬ前にこの肉をできるだけ食べておきたい、と考えるとせっせとステーキを切っては口に運び始めた。それを横目で見た強盗は怒鳴った。
「てめえ!聞こえなかったのか‼︎今すぐナイフとフォークを置いて、手をあげて待ってろ‼︎脳天ぶち抜くぞ!」
「ひ、ひいぃ〜!」
もはやこれまで、と観念したクリオはすぐさま強盗の指示に従った。しかしすっかり怯えていたクリオは、緊張のあまりナイフとフォークを手にしたまま両手を上げようとしたものだから、手からナイフが勢いよく飛び出すと、なんとそのナイフとフォークは強盗犯の両目に突き刺さってしまった!
「目がぁ、目がああぁ〜!」
強盗はうずくまってしまう。その隙に周囲の者たちが銃を奪い、男を縛り上げた。すぐに警察が来て両目をやられた男は連行されていった。
「ありがとうございます、あなたは当店の恩人です」
店のオーナーから直々に礼を言われるクリオ。
「お礼になるかはわかりませんが、これを受け取っていただけませんか」
オーナーはそう言うと、クリオに1年間店内での食事が無料になるゴールドインビテーションカードを渡した。
2万マルクを握りしめて入った高級ステーキハウスで、ゴールドインビテーションカードを手に入れたのだった。
軽い足取りで帰宅するクリオ。豪勢な夕食で満腹になり、さらには1年間無料でステーキが食べ放題のチケットを手に入れた彼はさながら向かうところ敵無しの様子であった。
裏路地を通って、いつものように帰宅する…はずだった。
ところが。
「た、助けてくれえぇぇえ!」
見ると、恰幅の良い初老の男が窃盗団に襲われていたのだった。クリオは果敢に飛び出すと、なんと窃盗団のメンバーは皆年端もいかない少年たちであった。クリオは必死に説得を試みる。
「君たち、つまらないことはやめないか」
「んだデブ。てめえも殴られてえのか?」
「ま、待て、ほらこれをやろう」
そう言って、クリオは先ほど手に入れたばかりのゴールドカードを見せた。
「このチケットがあれば、1年間タダで飲み食いできる。之之のステーキの店だ、ほらこれで勘弁してくれないか」
「……」
少年たちはすこし考えている様子だった。その隙にクリオは襲われていた男性に声をかける。
(大丈夫ですか、さあ今のうちに逃げて)
(し、しかし…)
そうこうしているうちに気づくと少年たちは消えていた。警察に捕まるリスクと天秤にかけて、ステーキ食べ放題券を取ったのだろう。
「あなたのおかげで助かりました、どうもありがとう」
丁寧にお礼を言う老紳士。
「お礼がしたいから、いつでもいい、今度訪ねてきてくれませんか。私はこういうものです」
そう言って名刺のカードを差し出すと、紳士は元気よく去っていった。みると、あのダイヤモンド自動車の会長であった‼︎
クリオは、知らず知らずのうちに世界的な自動車メーカーの指導者を救ったのだった。
後日、名刺にある住所を尋ねて行くとクリオは丁重にもてなされたのだった。夕食をご馳走になった後、老紳士は彼を車に乗せ、別の場所に移動した。
「私は貴方に恩義がある。私にできることといえば、車だ。車をあなたに差し上げたい、よかったらこいつを受け取ってはいただけないか?」
みると、真っ赤な高級スポーツカーが美しく整えられていた。
「こいつを、俺に…?」
ただただ驚くクリオ。彼の雀の涙ほどの給料では一生飲まず食わずで貯金しても決して買えない車だった…!
こうして、高級ステーキ店の招待カードがついに高級車になったのである。
次の日、スポーツカーで通勤すると職場の皆が彼を羨ましがった。しかしながらクリオは相変わらず冴えない男で、パッとしない変わらない毎日を過ごしていた。
そんなある日のこと。
彼の同僚の1人、ターニャはその日朝から調子が悪そうだった。心配はするものの、女の子になんと声をかけていいか分からないクリオはただ遠巻きに様子を見守るだけだった。
それでも夕方頃、ついにターニャは倒れてしまった。
社内はパニックになる。
「誰か救急車を」
「だめだ、こんな田舎じゃ来るのに1時間はかかる」
車を持っていたのはクリオただ1人だった。
ついに彼は勇気を起こして彼女を抱き抱え、クルマの後部座席に乗せると、病院まで運ぶのだった。
翌日心配になったクリオはターニャのいる病院まで見舞いに行くのだった。
すると、両親が来ておりお礼を言われるクリオ。
「君にはなんとお礼をしていいか」
「あなたは立派な人ね、娘の命の恩人よ!」
クリオはただ恥ずかしがってお辞儀をするばかりだった。
ターニャは風邪をこじらせて肺炎になっていたが、医者によると1週間もしたら良くなるだろうとのことだった。クリオは心の底から安心したのだった。
彼女の退院の日、彼はもう一度ターニャのところへ行った。
「クリオさん、あなたが助けてくれたのね…ありがとう」
「あなた少し変わったわね。前はパッとしない男だったのに、なんだかかっこよくなっちゃったじゃない♪」
赤面するクリオ。
2人が付き合うまでに、そう時間はかからなかった。
「そうかそうか、君が娘を…! だが君になら安心して任せられそうだ!」
「クリオさん、娘をどうかよろしくね」
両親にも認められ、2人はめでたく結婚することとなった。
美人とゴールインした彼を会社の全男が羨望の眼差しで見るのであった。
こうして彼は、高級車に加え、美人の妻まで手に入れたのだった。
そして、2人は幸せにいつまでもくr
…
「…ろ」
ん?
「おいクリオ、起きろ!」
…なんだ?
「ったくお前はいつまで寝てるんだ、とっくに昼休みは終わってんだよ!早く作業に戻れ!」
「あ、親方‼︎ すぐに作業に戻ります‼︎」
俺の名前はクリオ。冴えない独身の労働者だ。
今日もいつもと変わらない一日になりそうだ。
あーあ、どっかに面白いことでも転がってないかなぁ。
(終)
カリフォーニエンの民話の一つ。作者は不明だが、20世紀前半には存在していた。
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